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>左利き

 投稿者:cinnamon6  投稿日:2015年10月26日(月)13時41分36秒
  こういうの見つけました

http://tkr2000.cocolog-nifty.com/honyakmonsky/2013/06/5-1505.html
デイビット・ゴードン自身が左利きだそうですね

 
 

久しぶりに訪問

 投稿者:出淵平吉  投稿日:2015年 5月27日(水)14時51分23秒
  手元に本がなく、自分が過去に書いたコメントの記憶すら不確かです。
筆者はハリーを装ったダリアンで、実はハリーは死亡しており、
クレアはダリアンが想像する架空の存在である。
これがおれの解釈ですが、同じ方向の意見を見聞きしたことがありません。
 

うわー

 投稿者:cinnamon6  投稿日:2015年 5月27日(水)03時39分43秒
  「■ハリーのペンネームの数」に関しては無視してくださいます様お願いします。
よくよく考えなくても5つのペンネーム+本名で「六つも名前がある」んでした。お恥ずかしい。
 

おかしいと思ったところとか

 投稿者:cinnamon6  投稿日:2015年 5月27日(水)03時34分46秒
  twitterからこんばんは。
「二流小説家」解釈検討委員会へお招きいただき有難うございます。

一読了後満足しながらも最後の「しかし、これだけは…」に小首を傾げていました。
皆様の推理推論とても面白く、楽しく拝見させていただいております。

未だ読み込みも足りず、またこれという推論を発表できるほど
何か考えつく頭を持っているわけではないのですが
いくつか読んでいておかしいな、と思ったところを書かせていただきます。


■クレアの年齢とフォトキラーの事件
2009年の時点でクレアは15歳、「あの事件の事ははっきり覚えているわ」(P.51)というあの事件は
1996年から1997年の間に起きている(P.52)ので、その時2歳とか3歳なのですがそれに輪をかけて?
ハリー曰く「きみはまだ5歳だったはずだ」というのは…どうなんでしょう。

■ハリーのペンネームの数
ハリーが使っているペンネームはT・R・L・パングストローム、J・デューク・ジョンソン、
シビリン・ロリンド-ゴールド、トム・スタンクスの4つ。
次点?でジリアン・ジェッソ。これで5つ。
ですが47章でクレアが「だいいち、あなたには六つも名前があるじゃない」との発言が。
6つ目のペンネームは何でしょう?

■もう一人いる?
25章はトム・スタンクス「アバズレの調教」で構成されていますがその中に気になった一文。
「それでいて雄々しく力強い二対の目に、芯まで…」
二対だったら目が四つになっちゃいますね。
でもあの断章は「入れてみたら面白かった」という感じのものらしいので、
http://www.excite.co.jp/News/reviewbook/20130613/E1371054783785.html?_p=2
あまり気にしなくていいのかな、とも思います。

■猫の骨
頭蓋骨を掘り返す時に猫の骨が出てきて、(P.425)
「猫の話してた?」「してない」「忘れたんかな」「あいつ忘れんやろ」「だよねー」
これが一体何のためにあるエピソードなのかまるでわかりません。


こういった疑問がぽこぽこ生まれるのですがこれらが全然繋がってこない事が困りものです。
お目汚し失礼いたしました。
 

こんな提案

 投稿者:出淵平吉  投稿日:2013年10月28日(月)16時18分40秒
  早川書房の担当編集者および翻訳者に「二流小説家解釈検討委員会」から質問状を出しましょう。各位の解釈を添えて郵送するか、あるいは都内在住者に出版社に持参していただくというのもありかもしれません。これに参加なさりたい各位は、それぞれの解釈を400字以内にまとめる作業に取り掛かっていただいてもよろしいでしょうか。  

youは何しに?

 投稿者:天龍川盡頭子  投稿日:2013年10月28日(月)09時13分3秒
  「読者」は単数か複数か。
複数であれば、単純にわれわれ読者ということになるのでしょうが、
単数だと、やはりとももさんの考察のとおり、
入れ子にされた誰か特定の人物を指すことになる!

と原文をあたってみたところ、
下記のふたつの章で「読者」とされている人称はyouなので、単複同形。

なんとも判断のつかない結果にしょんぼり。。。
 

読者の入れ子構造

 投稿者:さいとうともも  投稿日:2013年10月27日(日)22時50分50秒
  > あと作者の語りかけている相手が読者(私達)なのか、他の誰かなのかも気になるところ。

第2章
「ポルノ雑誌《ラウンチー》を全盛期に愛読していた人間なら、“アバズレ調教師”という
ペンネームに聞き覚えがあるかもしれない。ぴんと来たろうか。そう、あの相談コーナーを
担当していたのが、このぼくだ。」

第10章
「クレアと同じく、昨日生まれたばかりだという読者や、当時はこの街にいなかったという
読者のために、あるいはぼくの母と同じく、むごたらしいニュースには目を耳をふさいで
しまっていたという読者のために、ここで少し説明をしておこう。ダリアン・クレイは
またの名を”シャッター・バグ”あるいは”フォト・キラー”と呼ばれ、...」


この小説を何度も読み直しているうちに、
著者(または話し手)が誰なのかを意識することが重要であるように、
読者(または聞き手)が誰であるのかを意識することも重要であることは、
うすうす感じていました。

著者がトム・スタンクスで読者はダリアン。
著者がシビリンで読者はテレサ。
著者がハリーで読者はダリアン。
話し手がダリアンで聞き手はハリー。
...


それでは、第1章と最終章(第80章)を除いたとして、
第2章から第79章の「読者」は誰なのでしょうか。
現実世界の読者でしょうか。そうではないと思うのです。
第2章や第10章は、読者がポルノ雑誌《ラウンチー》や、
ダリアン・クレイの連続殺人事件を知っていることを想定している語り口です。
読者にとっては、雑誌ラウンチーやハリーが書いた小説は実際に存在し、
ニュースやタブロイド紙で報道されたことは事実です。

つまり、読者は入れ子構造になっているんです。

そう考えると、ある重要な出来事、ダリアン・クレイの死刑は、
その世界の読者に取っては「事実」になります。
それは、最終章を書いたのはダリアンではないということも意味します。
ハリーは人を殺しているので第1章は書けない。


つまり...?


...


わからん...。

 

>>訳者

 投稿者:天龍川盡頭子  投稿日:2013年 9月28日(土)19時29分52秒
  >あと作者の語りかけている相手が読者(私達)なのか、他の誰かなのかも気になるところ。

作者は誰にいちばん読んでほしかったか?ってことでもある。
そうすると、作者が誰なのかによって変わってきますね。

過呼吸になりそう。
 

>訳者

 投稿者:出淵平吉  投稿日:2013年 9月28日(土)01時11分19秒
  >あと作者の語りかけている相手が読者(私達)なのか、他の誰かなのかも気になるところ。
面白い指摘ですね。
読者以外に語られている立場があり得るかどうか。
深呼吸して考えてみましょう。
 

訳者

 投稿者:mami  投稿日:2013年 9月27日(金)21時32分44秒
  この作品の訳者について評価を調べたりしてみてました。
見た限り評価は悪くない模様、他の作品を翻訳した時のインタビューを読んだりしてふむふむと考える。
訳者なりの解釈があってこその日本語訳。
どう捉えるべきかここ数日ずっと決めかねている私。

あと作者の語りかけている相手が読者(私達)なのか、他の誰かなのかも気になるところ。

>小説内小説
そうそう、小説内小説は読み飛ばすべきではないはずなんです。
う~ん、悩んじゃう。
 

>わからん

 投稿者:天龍川盡頭子  投稿日:2013年 9月27日(金)18時02分59秒
  >だから逆に、最終章の最後の段落で「じゃーん!実は主人公は〇〇だったんだよーん」という照れ隠しのようなネタばらし

こんなこと書いてましたっけ?
そもそもはっきり書いてあれば、ワタシらはここでこんなに悩む必要もないワケで。

この人、ここへ引きずり込んだらどうなるだろう?
 

わからん

 投稿者:出淵平吉  投稿日:2013年 9月27日(金)17時36分22秒
  このようなブログを見つけたけれど
ブログ主は理解しているのだろうか。いないのだろうか。

http://blog.goo.ne.jp/odette-e-odile/e/a5b64d776858b772dc6f03279a2d13a4
 

本国での読まれ方

 投稿者:出淵平吉  投稿日:2013年 9月26日(木)22時45分54秒
  本国でも作者の狙いを理解して読もうとしているヒトは少ないのではないか。
グーグルのとんちんかんな翻訳で5つ星レビューを斜め読みしただけですが。
 

>オハイオのおっさん→おねいさんかも

 投稿者:天龍川盡頭子  投稿日:2013年 9月26日(木)21時12分21秒
  http://www.amazon.com/gp/pdp/profile/A2YCRWCJ300JI9/ref=cm_cr_pr_pdp

このしとです。
Jenniferって書いてあるからおねいさんだったかも。
 

怒りがふつふつ

 投稿者:出淵平吉  投稿日:2013年 9月26日(木)17時25分48秒
  「長すぎる」「エロい」「グロい」
こうした感想を書いているレビュワーたちは、
これまでミステリを読んだことがあるのか。
ラノベやコミックを読み、
映画化作品をツタヤで借りて満足していればいいではないか。
 

>オハイオのおっさん

 投稿者:出淵平吉  投稿日:2013年 9月26日(木)16時06分34秒
  オハイオのおっさんなるレビュワーが見つからない。  

オハイオのおっさん

 投稿者:天龍川盡頭子  投稿日:2013年 9月26日(木)15時53分30秒
  アマゾンのレビューに、
「小説の前半と後半(新しい殺人が始まったところから)で作者が違うような気がする」
と書いている人もいますね。
「明らかに語りのシャープさをなくしている」と。
 

>小説内小説「真紅の闇が迫る」

 投稿者:おみつ  投稿日:2013年 9月26日(木)15時09分20秒
  一見無関係のように差し挟まれている小説内小説ですが、
インターバル、閑話休題というわけではなく、絶対になにか意味があると思うのです。
読み飛ばしてはいかんですね。

 

やはり

 投稿者:出淵平吉  投稿日:2013年 9月26日(木)15時09分10秒
  ハリーは実在する。
ダリアンも実在する。
この2人が実在しなければ物語が成立しない。
これ、ちょっと整理して書きます。
 

>小説内小説「真紅の闇が迫る」

 投稿者:出淵平吉  投稿日:2013年 9月26日(木)14時54分3秒
  物語に仕掛けられた複数の鏡が複数の登場人物を映し出していることに加え、
小説内小説という入れ子構造が仕掛けられた複雑な物語世界ですね。
さらに,この物語を俯瞰すると、
この物語を作り出したデビッド・ゴードンは、
読者や批評家と同じ現実世界に身を置き、
作品世界を覗き込んでいるわれわれを眺めているわけです。
ミステリやハードボイルドなどのジャンルではなく
「実験幻想文学」とでも呼ばれるべきカテゴリの作品ではないでしょうか。

この小説に盛り込まれた巧んだ仕掛けには、
象徴や比喩といった文学的効果を狙ったものと、
トラップとが混在しているようです。
それを見極めることを作者は読者に要求しているのではないでしょうか。
 

小説内小説「真紅の闇が迫る」

 投稿者:おみつ  投稿日:2013年 9月26日(木)07時39分44秒
  サーシャ・バーンズの独白、「わたしは、見たことも会ったこともない冷酷な人間に繊細な花弁を無理やりむしりとられ、不浄のなかに撒き散らされるときを、こんなにも待ち焦がれているというのに!」

あまりにもダリアンファンの心情ににていませんか。
これは単にハリーがダリアンに通じるものを持っていたと取るのか、それともハリーとダリアン表裏一体説につながるのか。
 

テレサとクレア

 投稿者:出淵平吉  投稿日:2013年 9月25日(水)15時44分18秒
  クレアはテレサのドッペルゲンガーか否か。
小説の構図的には2人の配置は効果的かもしれませんが、
それ以上の意味が隠されているのかどうか。
考え中です。

ダリアンが実行犯として逮捕された連続殺人事件は1996~1997年。
本編が進行する2009年の16~17年前。
これはクレアが生まれたころ。
ではテレサは当時、いくつだったんだろう。
クレアと同じくらいの年齢であれば、
2009年にはテレサは30歳を超える。
そんな歳とは思えない。
 

>左利き

 投稿者:出淵平吉  投稿日:2013年 9月25日(水)15時41分0秒
  ふむふむ。
第18章では、ハリーが右手でスープをかき回せないほどの左利き
であることを強調していますね。
なんだろう、これは。
 

左利き

 投稿者:さいとうともも  投稿日:2013年 9月25日(水)13時53分57秒
  ブレードランナーの原作でしたっけ。

「強度の」左利き。

第18章
だが、ぼくは左利きなのだ。生粋の左利きなのだ。右手では何ひとつ満足にすることの
できない人間なのだ。ところが、夢のなかのぼくは、本来なら使い物にならないはずの
右手を使って、スープを掻きまわし、塩を加え、胡椒を挽いていた。

ところで、左利き用のハサミがあるように、左利き用のカメラもあるようです。
あ、左利き用の万年筆なんてのもあります。

テレサの年齢について。
第11章にテレサとフロスキーを対比させた描写があります。
服装と髪の毛の色は双方に関して書いてありますが、
年齢に関してはフロスキーだけ「おそらく五十代」と。
第12章では、テレサは弁護士の見習い期間とありますね。
20代か、30代か。

 

>ギッチョのカメラマンは右利きの夢を見るか?

 投稿者:天龍川盡頭子  投稿日:2013年 9月25日(水)12時45分49秒
  本年度ベスト題名大賞有力候補ww

まあ、たしかに!
左手でシャッターを切るのは、なんかこう微妙な力加減ができないからブレたりしてしまう?
と思ったのですが、レリーズを使えば何の問題もないですね。

>ハリー周辺の存在が一気に疑わしくなってくる

ハリーの行動のうちいくつかは、ダリアン自身の体験を投影したもの。
と考えれば、クレアはたしかに実在が怪しいけれども、
ジェインやその仲間たち、ゲイの花屋がいてもおかしくない。

と考えます。

クレアとテレサ同一人物説は、時間の流れを整理すると蓋然性が出てくるかも知れませんね。

ハリー(ダリアン)とクレアが最初に知り合ったのは、
クレアが15歳のとき。

あれ、テレサの年齢についてどこかに書いてありましたっけ?
ちょっとゆっくり検証しないと。
 

ギッチョのカメラマンは右利きの夢を見るか?

 投稿者:出淵平吉  投稿日:2013年 9月25日(水)11時30分56秒
  その筋の専門家に聞いてみました。

ギッチョのカメラマン?いるんじゃないの。
ぼく自身がそうだよ。
シャッターを押すことに不自由を感じたことはないね。
カメラは、そういう形の道具だから。
左利き用のカメラ?
あるのかもしれないけど、ぼくは知らないな。
ハサミとか工具、それとか楽器とか。
それらとカメラは違う気がするけどね。
 

クレア不在証明

 投稿者:出淵平吉  投稿日:2013年 9月25日(水)11時11分28秒
  クレア不在証明は本作では困難です。

クレアは存在しないかもしれない。
深読みの読者には、そう思わせつつ、
続編で新たな活躍をする。
おれはそんな想像を膨らませます。
刊行されていない、或いは、まだ書かれていない続編では、
この本作の謎が解き明かされる。
どうです。
 

鏡写し構図はゴードンの文学的作為では。

 投稿者:出淵平吉  投稿日:2013年 9月25日(水)11時03分49秒
  複数人物の鏡写し説、面白いですね。
複数人物の鏡写し構図は、デヴィット・ゴードンが本作で狙った文学的効果か、
叙述トリックの一部か。

叙述トリックと考えた場合、ハリーが架空の存在である可能性もある。
しかし、これは甘美な解釈であると同時に危険な気もします。
なぜならハリー周辺の存在が一気に疑わしくなってくるからです。

クレアやゲイの花屋のモーリスは架空の存在かもしれないと思っていますが、
元恋人のジェインと、その仲間たちすら架空にしてしまっていいものか。
その判断がつきかねています。
ハリーが架空の存在であるのなら、
フロスキーやトナーとの活劇もなかったことにもなってしまいます。
ですから、本作に盛り込まれた鏡写し構図は、
本来の作者であるゴードンの文学的狙いではないかと考えたいと思うです。

そうそう。クレアからのEメール。
シビリンで呼びかけることの不思議さは感じていました。
ただ、ともも兄説の照れ隠しで
いまのところは納得しておこうと思います。
 

>鏡写しは三組

 投稿者:天龍川盡頭子  投稿日:2013年 9月25日(水)09時11分51秒
  >ハリーは左利き。
強度の左利きの人はカメラのシャッターを押せない。
シャッターのボタンは右にあるので。

ハリーについては作中で左利きであることが語られていますが、
ダリアンの利き腕については言及がない、っつとこが、
ワタシのハリー・ダリアン鏡写し説の弱点だと思ってましたが、
とももさんの指摘は十分な根拠になりますよね。
状況証拠的ではあるにしても。。。

クレアとテレサが鏡写しかぁ。

ハリーは架空の人物というは、クレアも必然的に実在しないのか?
と漠然と考えていましたが、これまた魅力的な説。
ちょっと考えてみます。
 

鏡写しは三組

 投稿者:さいとうともも  投稿日:2013年 9月25日(水)08時28分48秒
  シャワーを浴びてて大事なことを思い出しました。
鏡写しはもう一組。
双子のジャンカルロ姉妹。

遅刻する!!
 

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